May J. 15th ANNIVERSARY 〜Long Interview〜
──まず、デビュー15周年を迎えた率直な感想を。
いま33歳なので人生の半分近く歌手をやっているんだと思うと自分でも驚きますね。15年イコール15歳って年齢で考えると、私のデビュー年に生まれたファンがライヴに来てくれていたりもするので、ちょっと複雑。そんなに育つんだって(笑)。ただ、私自身は15年経ったっていう実感はまだないんです。コロナがあったから15周年をできるのかなって半信半疑だったし、仮にできても密かに祝うのかなと思っていて。でも今年はライヴの予定も少しずつ決まってきているので、ステージに立ったとき初めて実感が湧くんじゃないかな。
──15年を振り返って転機を挙げるならいつでしょう?
いくつかあるけど、最初の転機はやっぱり『Garden』のヒット。ここまでがすごく時間がかかった印象で、実際はデビューから3年ぐらいしか経っていないんだけど、当時はその3年間が本当に長かった。私の中ではデビューしたらすぐヒットするってイメージがあったから、そうならない現実にぶつかって「自分はダメなんだ」ってマイナスな感情がどんどん膨らんで、その時期はずっと悩んでいました。でも『Garden』でようやく自分の存在を知ってもらえたというか。改めてスタート地点に立てた気がしたので、この曲がなかったら当時は頑張れるパワーをもらえなかったかもしれない。で、そのあともいろいろありましたけど、次の転機はやっぱり『関ジャニの仕分け∞』。そこからアナ雪(『アナと雪の女王』)までの一連の流れですね。
──激動の時期ですね。ここで一気にMay J.の名が全国区に広がりました。
自分が思い描いていた形ではなかったんですけど。やっぱりオリジナル曲でブレイクしたかったので…。それでも番組が大きな転機になったのは間違いない。『関ジャニの仕分け∞』に出たことで他の番組にも呼ばれるようになって、いろんな種を蒔いていたのかなと思います。そうやって露出する場所が多くなると自分への期待や試練、課題も自然と与えられるようになってきて常に戦闘モードになっていた気がする。そういう環境に自ら飛び込んで、それが見えないパワーを生んでいた。そんな姿を見ていた人たちがディズニーまで私を運んでくれたんじゃないかなって思います。
──認知度が上がると共にアンチも出てきましたが、当時の状況をいまはどう捉えています?
そこまで全部真面目に受け取らなくていいよって、あのときの自分に言ってあげたい。当たり前だけど全員に好かれるなんて無理じゃないですか。何パーセントかは嫌いって思う人が必ずいるわけで、それを気にしないのがベストなのに当時はマイナスの声にすごく影響を受けてしまった。そのせいで自分が満足できる完璧な状態でなかったのは確かだし、いまもどこかでそれを引きずっている部分があるのでSNSとか見なきゃよかったなって。まったく見ない、聞かないっていうのは無理だけど、もう少し上手に避ける方法はあったんじゃないかなって思います。
──でも、乗り越えましたよね。
ギリギリのラインで乗り越えたって感じです。あと「(批判を)全部受け取っていた」って言いましたけど、すごく真面目には受け取ってなかったかも(笑)。ネガティブなことを言われると傷つくけど、心のどこかで客観視しているところもあって。そういう声がすべてではないって冷静に見ている自分もいたので、傷ついても聞き流せた。そこは私の性格だろうし、周りの人はわかってくれているって安心感もあったから追い込まれなかったんですよ。
──その一方でここ数年の歌声の進化は目覚ましい。以前が上質なコットンならいまは極上のシルクみたいな(笑)、なめらかで柔らかい歌唱に変わりましたよね。
無理に変えようとしたわけではないんですが、自分なりにいろいろ反省したんです。「うまく歌おうとしている感が出ている」とか「そのせいで歌詞が入ってこない」とか、そういうコメントを気にしていて。ビブラートをちょっと減らしたり、歌い上げるところを柔らかくしたり、少しずつ意識していたことが積み重なっていまの歌声になったんじゃないかなと。前はその押し引きができなくて力で全部持っていこうみたいな、若さもあったんでしょうね。特にカラオケの採点のときは勝負するって意識だったので爪痕を残したいって気持ちがあったし、それがあったから闘えたところもあって。でも、いまだったらあんなプレッシャーは自分に与えられない。毎週テレ朝のスタジオに行って、あれだけ緊張感があるなかでよく歌ってたなって、あのときの自分、すげー!ってすごく思いますよ(笑)。
──当時は北風と太陽でいうとまさに北風。そのベースがあるから太陽にも変化できたんですね。
それはありますね。ちゃんとガッと出せることを知っているから、弱く歌うことに対して「足りないんじゃないか」って心配がないし、正確に歌えることもわかっているから崩してもいいんじゃないかって思えるようになった。要は引き算ができるようになったんですよ。
──YouTubeで公開した玉置浩二さんの「メロディー」のカバーはまさに引きの歌声。でも「足りない感」は微塵もなくむしろ力強く深く響いてきました。
「メロディー」は1年前なら歌えなかった。弱く歌う部分は“ただ抜いてるだけ”って感じになってしまって、カッコよく聴こえるようにするニュアンスが出せなかったし、そもそも以前はそういう歌声の良さを見極める感性がなかったんですよね。でも、いろんな曲を歌ってライヴもして、年齢もあるし、その中で“引く歌声”の中にある広がりみたいなものを理解できるようになってきた気がします。